バック・トゥ・ザ・未来

バック・トゥ・ザ・フューチャーPart2にて、空飛ぶデロリアンがマーティとドク、
そして恋人のジェニファーを乗せて飛んでいった未来。

デロリアン内部の操作盤に表示された日付は、

『2015年10月21日』

つまり今日だ。


映画の中では、車もスケートボードも空を飛び、上着も靴も自動でサイズが合う。
街を歩けば画面が飛び出し、カフェに店員はおらず、自動で注文が出てくる。

そんな未来が、やって来ているだろうか。
幾つかは現実になりつつあるらしいけれど、目玉の車はまだ飛ばない。

僕がこの映画を初めて見たのは、多分小学生の頃だったと思う。
「未来ってこんなことになるのか!」
そう純粋に感じていたかどうかは分からないけれど、
この映画で描かれている「未来」と同じ時間に自分がいるだなんて、
想像もしていなかった。
映画の未来はもっとずっと遠い先の話で、自分とは関係のない世界だと思っていた。


映画の中でマーティとドクは、不幸になってしまった自分の未来を変えようと奔走する。

あの頃の僕が、今の僕を見たとして、
「未来を変えなきゃ」と思うだろうか。

マーティとドクがデロリアンを使うように、もし未来を変える術を知っていたら、
変えようとするだろうか。


……するかもしれない。

もし彼が今の僕の前に現れたなら、
「僕はもっと輝かしい人間になっているはずだよ」と言うかもしれない。

「普段はそんなに密に連絡を取り合っているわけじゃないけど、何かあった時には電話一本ですぐに集まって、騒ぎあい、助け合い、楽しい一夜を過ごすような友達……いないの?」

「そんなに運命的な出会いってわけじゃなかったけれど、妙に気が合って、一緒にいると落ち着いて、だから、きっとこいつと結婚するんだろうなってふとした時に考えちゃうような彼女……いないの?」

「あれ、映画……一人で行くの? 誰かと感情を共有したりしないの?」

そんなことを言われるかもしれない。
もし、そんな事を言われたら、僕は過去の僕に言ってやろう。

「うるせえバーカ!」と。

「そんな夢みたいなことばっかり望んでるから、俺みたいになるんじゃ! 言わばお前のせいじゃ!
俺がお前を変えたいくらいだ!」と。

多分泣くだろう。昔の僕は泣き虫だったから。
そして、僕も泣くかもしれない。最近涙腺がぶっこわれてきているから。

けれどいつまで待っても、マーティ的僕も、セワシくん的僕孫も、誰も救いに来てくれない。
結局、未来の自分を変える事もできないし、過去の自分にアドバイスをする事もできない。


僕を変える事ができるのは、僕しかいないのだ!


……ええ……そうなんですか……?
そんな結論、面白くないんですけど……。


とりあえず、過去の僕にあんまりひどく思われないようにしないと。
でないとあいつ、多分また泣くだろうから。