フィクション

※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません

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10月●日は誕生日だった。


中学校時代に友達だったY君という人がいて、
彼の誕生日が10月●日だった。

Y君は背が高く、勉強は駄目だったが運動が出来て、それなりにモテていた。
かたや僕は、背の順で並ぶといつも前から2〜3番目と背が低く、
運動も出来ず、勉強も駄目で、これでもかとモテなかった。

当時、スクールカーストという言葉は無かったように思うが、
その制度で言えば、容姿に優れ、おまけにちょっぴり悪そうな彼はおそらく上位に属し、
いつまで経ってもチビでアホで眼鏡な僕は下位に属していただろう。


そんな僕と彼がどうして友達関係であり得たのか、

きっかけも思い出せないし、未だに疑問が残るところではあるが、
僕は彼と、結構な時間を一緒に過ごしていたように思う。


思うに、家が近かったというのが最大の理由ではないだろうか。


彼の家と僕の家は、自転車でおよそ5分ほどの位置にあり、
僕らが通っていた学校は、県内の方々からわざわざ時間を掛けて
通ってくるような学校だったので、

だから、家が近所というのは、結構なメリットになり得た。
遊びに行くのも気楽であったし、実際、何度もお互いの家で遊んだ記憶がある。


彼は同学年や低学年の女子生徒と交際をしていたこともあり、
僕はそんな彼の恋愛話を、その上っ面だけ聞いては、知ったような顔をして頷いていた。

女子生徒たちの交換日記を覗く機会なんて、
当時の僕単品では、よほど卑怯な方法を取らない限り不可能であった筈だが、
覗き見る機会を得たのは、彼の巧みな話術のおかげである。


ある休み時間、僕らは教室の隅で、
こっそり女子生徒たちの交換日記を広げて、
その鑑賞会を行っていた。

その日記の中には、彼や彼の周りの男たちの名前が、
可愛らしい文字で書かれており、
僕の名前など1ミリも記されてはいなかったが、
何故か僕はウッキウキだった気がする。

ウッキウキで「お前の名前があるー!」とか言っていたと思う。

哀れである。


また、彼のおかげで、普段では絶対話さないであろう同学年の男子生徒たちとも、
仲良くなる機会があった。

コネ入社ならぬ、コネ仲間だ。
Y君のおかげで、分不相応な上層部の人間と親交があったのだ。

一見するとどう見て駄目人間であり、
また、知れば知るほど根が腐っているのだが、
どういうわけか上層部との繋がりがある僕という男には、
破格の出来事が沢山起こる。

その中でも随一の出来事と言えば、


彼女が出来たことだ。


コネ恋人とのコネ交際である。


コネだけしかないから、一か月も持たなかった。
何も起こらずフラれた。


それは仕方がない。

恐らく、初めての彼女だと浮かれていたのだろう、
彼女から借りた教科書のすみに愛の言葉を書いちゃう僕で、
「そういうのはやめてくれ」と諭されるほど気持ちが悪かったのだから、仕方がない。


ただ、「僕は過去に女性と付き合った経験がある」という、
当時の僕では得ることが出来なかった手形を頂戴出来た。


破格である。

この手形を手に入れんがために、何人もの人が命を落としていったと言う。
きっと、多くの人が羨ましがっていることだろう。


ただ、そんなY君との親交は、あることを切欠として、
それが偽りのものであったのだと知ることになる。


ある日、駅のホームで電車を待っていた。
快速が通過してしまう小さな駅で、だから僕と彼はぼんやりと時間を潰していた。


ふと、僕の横で彼がゲームボーイを取り出し、遊び始めた。


ゲームボーイというのは、小型の携帯ゲーム機であり、
当時の僕らはそれに夢中だったわけだけれど、
彼がそれを持っているのは初めて見た。


「あれ、Y、ゲームボーイ持ってたんだ」

そう尋ねると、彼はゲームをやりながら頷き返す。

「そうなんだ」

そう納得した僕であったが、
ふとした瞬間に見えたゲームボーイの下側には、僕の名前が記されていた。

僕は別に、ゲームソフトに名前を付ける主義ではないのだが、
何故かゲームボーイには自分の名を書き記していたのだ。

表でも裏でも無く、下側に書かれていたので、
多くの人は気が付かなかっただろう。


「あれ、これ俺のじゃない?」


恐る恐る尋ねてみると、彼は「あ、うん。借りてる」と答えた。


貸した覚えなどなかった。


ああ、これは偽りであったのだな。
そういう関係であったのだな。


僕はその時、色んなことを悟った。
パラパラと、いろんなものが、駅のホームを流れて行ったような気がした。


果たして、僕とY君とは対等な関係であったのか。


僕自身にも問題はあっただろう。
彼にも問題はあっただろう。


ただ、多分、対等ではなかったのだ。


僕も彼を利用していたのだろうし、
彼も僕を利用していた。

友情とはそういうものなのかも知れないし、
あるいはそうではないのかも知れないが、


当時の僕は、彼を詰問することは無かったし、
彼も彼で、言い訳を用意することすらしなかった。


ただただ、ゲームボーイを自分の鞄にしまい込んだ僕は、
電車が通過していく様を眺めていた。


それからもY君との関係は、しばらく続いていくのだけれど、
違う高校に行ったことで少しずつ離れていき、
大学に進んだときには、もう、連絡も取れなくなった。


いつもは忘れている。
けれど、10月●日になると思い出す。


今日は彼の誕生日であったな、と。


元気で暮らしていてくれ、とも思わないし、近況を語る気にもならない。


ただ、思い出すだけ。


あの頃、あんなことがあったなぁと、
苦笑いをしながら、思い出すだけである。

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※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません