青春の握りこぶし

プロレスラー・小橋建太が引退するらしい。


このニュースを聞いた時、ああ、そうかー、と納得した。
まあ、長い間現役レスラーだったものなあ、と。

その後ぼんやりと考え事をしていたら、様々な出来事を思い出して、
ふつふつと悲しみが湧き出して来た。


小橋を思い出す事と、僕の人生を思い出す事は同義だ。


僕が小橋建太を初めて見たのは、小学校六年の頃だったと思う。
今から二十年ほど前の事だ。

その頃は全日本プロレスが日曜の深夜に放送されていて、
小学生だった僕は、翌日学校に行かなければならないにも関わらず、テレビに釘づけだった。


その頃全日本プロレスには鶴田がいて、ハンセンがいて、
三沢光晴はすでにマスクを抜いでいて、
ジャイアント馬場ラッシャー木村も、悪役商会の面々とほのぼのとした試合を行っていた。

川田がいて田上がいて、そしてオレンジ色のパンツを身に纏った小橋がいた。


僕は全日本プロレスからプロレスが好きになった、生粋の全日っ子だった。
当然なのかも知れないけれど、僕の周りにプロレス好きな子供はおらず
(本当はいたのかも知れないけれど、友達が少なかったから……)、


中学に入ったくらいに、新日本プロレスが台頭してきて、
周りの誰もが新日派としてプロレスを見だしたにも関わらず、
僕は全日本プロレスを応援し続けた。

小橋と同様オレンジ色のタイツを身に着けた武藤敬司のフラッシングエルボーを見て、

「このプロレスは何か変だ」と感じるくらい、全日のプロレスが好きだった。


なぜなら、小橋建太がいたからだ。


青春の握りこぶし、オレンジクラッシュ小橋建太

今ではラリアットバーニングハンマー
ハーフネルソンスープレックスが持ち味の小橋だけれど、
その当時はまだそんな技は持っておらず、

ムーンサルトプレス、ローリングクレイドルといった、
ぐるぐる回る技をフィニッシュホールドにしているレスラーだった。

でもどこか地味だった。
武藤の華麗なムーンサルトに比べて、小橋のムーンサルトはなんだか地味だった。


スタン・ハンセンにボコボコにされ、クッチャクチャにされながらも、
少しずつ確実に強くなっていくレスラー、それが小橋建太だ。


僕は小橋が強くなっていくのに合わせるようにして、成長していった。
負けても負けても挑戦し続けていく小橋建太の姿を見ながら育っていった。

だから、僕はいつまでも小橋が好きなのだ。

小橋建太は諦めない男で、
レーニングが何より好きで、
プロレス馬鹿なのだ。

体のどこもかしこもボロボロで、
それでもリングに上がろうとする男なのだ。

だから、僕は小橋が引退する、と聞いて、
「それならそれで良いのかもなぁ」なんて思ってしまったりする。


子供の頃は、プロレスラーは最強で、頑丈で、
ちょっとやそっとじゃ倒れやしないと思っていたけれど、

馬場が死に、鶴田が死に、
テリー・ゴディが死に、オブライトが死に、
スティーブ・ウィリアムスが死に、
三沢光晴までいなくなった。

武藤の膝はボロボロで、
蝶野の首には爆弾があり、
橋本真也はすでにいない。

僕の好きなレスラーは、その殆どが亡くなってしまい、
そうでなくても皆どこかしら体を壊している。

ただでさえ、人間は何かしらの病気に罹るものなのに、
プロレスラーはそれ以上の負担を体に掛けている。


小橋は生きていて欲しい。
リングの上で死なないで欲しい。

スタン・ハンセンと同様に、子供にスポーツなんかを教えながら、
悠々自適な生活を送って欲しい。

なんならハンセンと一緒にテキサスで過ごしたって良い。

隣の住人が「家を建てるために大きな木が必要なんだ」なんて言ってきたら、
まずは逆水平チョップの連打で幹を削り、
ハンセンと小橋で双方向からラリアットをかませばいい。

列車が走るレールの上に子犬がいると分かったら、
テリーマンよろしく列車を受け止めて欲しい。

そんで列車を思い切り持ち上げて、
長滞空、直下式のブレーンバスター!

「そっちのほうが被害甚大ですよ!」

というインタビュアーに、

「良いトレーニングになりました!」

とか答えるんだ


そうして、ほのぼのと穏やかな老後を迎えて欲しい。


だから、小橋建太
引退おめでとう。